9月30日(土)第4回『函館の戦争を歩く』平和学習を実施しました。

9月30日(土)第4回『函館の戦争を歩く』平和学習を実施しました。

 今回は「治安維持法」をテーマに、函館に埋もれてしまった様々な人の想いを感じることを目的としました。教会訪問やグループワークを通じて、戦争の悲惨さを身近に感じ、平和の大切さを発信していけるいい機会になったと思います。
今回、参加してくれた生徒の感想を以下に抜粋していますのでご覧ください。

 今回の第四回平和学習は、「治安維持法」というテーマをもとに、函館山のふもとにある、函館護国神社、函館教会、常盤小学校跡、称名寺を巡りいろいろな角度から戦争と平和について考えてみた。

 最初に、まちづくりセンターで遺愛の戦争中の歴史について説明を受けた。次にYWCAピースプランニング委員会の丸山さんによるピースマップを作ったきっかけや思いを聞いた。そして、前回参加した三年生から、広島での平和学習で学んだことを聞いた。

 函館護国神社では、第二次世界大戦中の学徒援農記念碑の周辺で、その当時の遺愛生の行った援農についての歴史と、護国神社が「小山牧師補獄死事件」のきっかけとなった場所であったということだった。

 次に函館教会にて、松本牧師により「小山牧師補獄死事件」についてお話を伺った。「小山牧師補獄死事件」とは、戦時中、隣組による輪番制の戦勝祈願の護国神社参拝を拒否した函館正教会(旧ホーリネス系)小山宗佑牧師補が、昭和17年1月に治安維持法第7条(不敬)及び軍平報99条(造語飛語)によって逮捕され、過酷な取り調べの末、獄死するという事件だ。この事件は、治安維持法という法律によって戦時中には「思想・良心・信教の自由」というものがなかったことを表し、また、小山牧師補が獄中で自殺したと公には言われているが、それについて周囲が異論を唱えることもできず、個人の尊厳というものが存在しない時代であったということも知ることができた。

 続いて、常盤小学校跡にて「ナット売り」という作文をもとに、「北海道綴方教育連盟事件」を通して治安維持法についての話を聞いた。この作文は常盤小学校の当時4年生であった菅原奈々夫という生徒によるものであり、冬の寒い朝、家の生計を助けるため、初めて兄と納豆売りをするという内容である。そして、これを読んだ全道の多くの教員は感動し、交流が始まる。これが「北海道綴方連盟」の発端となった。しかし、この作文が「資本主義社会の矛盾を自覚させ、階級意識を醸成した」として治安維持法によって取り締まられ、全道各地で55人の教員が検挙、うち12人が起訴され、「北海道綴方教育連盟事件」となった。この事件は、この作文が共産主義という思想を推し進めるものとして危険視されたことが発端であるが、治安維持法という法律がいかに恐ろしいものであったかを痛感させるものでもあった。

 称名寺では、函館の空襲の慰霊碑を見た。空襲というと東京大空襲が有名だが、当地函館でも空襲は行われていた。この空襲により、称名寺から見渡すことのできる函館山山麓は全焼、ほかにも鍛冶町のほうまで被害があり、合計384戸の被害と、死者、負傷者合わせて107名が被害にあった。また、慰霊碑の両側には英語で書かれた石碑がある。これは、この空襲に巻き込まれたアメリカ人戦死者たちである。このことから、私たちは普段、被害者であることばかりに目を向けがちであるが、加害者であることも忘れてはならないということを学んだ。

 各所を見学の後、函館まちづくりセンターに戻り、今回の平和学習のテーマである「治安維持法」について、改めて考え、そして考えの交流を深めた。最後に、私はこの平和学習を通して、第二次世界大戦中の日本について、授業だけでは学ぶことのできない、違う目線からの日本を知ることができた。特に、今回のテーマである「治安維持法」という法律は、今までは「治安警察法」とセットにして暗記するだけのものでしかなかったが、この法律がいかに国民の自由を奪っていたかを知ることができ、そして、この学習で印象的だった「過去の過ちを繰り返してはいけない」という言葉の通り、私たちはこの学習を通して、個人が持つべき自由を尊重できる社会を考えていかなければならないと思うとても良い機会になった。


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