【校長室だより】を更新しました。学校長 福島基輝
信仰・犠牲・奉仕
この三大精神で、人間としての
成長を目指しています。第4代校長
Miss Augusta Dickerson
本校の教育目標は、「キリスト教の信仰に基づき、神の前に誠実に生き、犠牲と奉仕の精神によってすべての人に仕え、神と人に愛される人間の育成」です。
開港間もない明治のはじめ、アメリカ人宣教師M・C・ハリス夫妻が函館を訪れ、女子教育の必要性を説いたのをきっかけとして、「遺愛」は大きな一歩を踏み出した。
遺愛の礎となる「信仰・犠牲・奉仕」の精神は、第4代校長ミス・デカルソンが提唱しました。人間として自分を見直す機会がある時、きっとこの言葉があなたを勇気づけてくれることでしょう。
校長メッセージ
幸せな人生のために
遺愛女子中学・高等学校
校長 福島 基輝
新聞の『読者の声』に、『幸せを感じられる人生とは』という題の寄稿がありました。
…ある教育関係者が本に書いていた。教え子が1万人くらいいるというから、おそらく大学の先生か大きな塾の先生かと思う。先生は、教え子に片っ端から電話して「今、幸せか?」と聞きまくった。「幸せだ」という人より、「全然幸せじゃない」と答えた人の方が多かったという。
それぞれのグループには特徴があった。幸せな人生を歩んでいる人の共通点は、「周りの人を喜ばせることに喜びを感じられる」ということだった。相手に喜んでもらおうという思いで仕事に取り組んでいた。逆に、「幸せじゃない」という人達は、「もっと稼ぎたい」「私はもっと上にいきたい」と自分のことばかり考えていた。
子ども達に幸せな人生を送ってもらおうと思ったら、周りの人を喜ばせることに喜びを感じられる子に育てなければダメだという結論に達したようだ。「幸せ」とは、「与える生き方」をしていく中で得られるもののようだ。皆さんはどう思われますか?
…という問いかけでその文章は結ばれていました。どう思われますか?私はとても共感をおぼえました。自分のために経済的に豊かになること、上昇志向をもつことは決して悪いことではないのですが、それだけが目的になってしまうのなら、しんどい人生、幸せでない人生になってしまうと思います。
遺愛の大切な校訓は聖書に基づいた『信仰・犠牲・奉仕』です。神様が私たちをつくり、一人一人に素晴らしい賜物を与えてくれていることを信じ、その賜物を遺愛でさらに磨き輝くものとし、自分のためだけでなく人のために積極的に用いることができる女性を育てたいというのが遺愛の願いです。場合によっては一時的に損したと感じる時があるかもしれません。でもそこには「与える喜び」があり、真の幸せを感じる時が必ずやってきます。
遺愛では3年間あるいは6年間の学び・生活を通して、そのことを体得し、卒業後の人生に生かしてほしいと願っています。
校長室だより
校長室から、折々の行事や日常生活の中で生徒の様子を見ながら、感じたことや考えたことをお伝えします。
遺愛生の生き生きとした生活の様子や、先生と生徒のつながりが、少しでも伝われば幸いです。学校法人遺愛学院 遺愛女子中学校・高等学校 校歌
一
紫青の空 残余の月に
かけり昇る 雲雀の歌に
今も語る 遺愛の歴史
これぞ我等の ほこり
宇賀の浦波 永く護れや
ともに 永遠に
二
春水みどり 秋嶺清し
我等 我等 祖国の為に
みがかんいざ 心のたまを
徳よ知識よ 来れ
我等 たもたん かたく
神なる岩に 立ちて
三
節操の梅 清雅の香り
優に高に 虚栄に勝ちて
真と愛を 永遠の教訓とし
天よ 栄えしめてよ
祝せ 母校の将来(すえ)を
これぞ我等の いのり
作曲 ジュゼッベコンコーネの旋律による
作詞 藤田 とき